
全く嘆かわしい、無惨な姿になってしまった。スペインの国立公園の中で最も貧弱な公園では無いだろうか。昔からそうだったわけではない。世界に例がないほど珍しい河川であるguadiana川の流れは一度地中に姿を消してしまう。つまり地中を流れているのだが、多分、流れの途中で大きな岩盤にぶち当たった水が逃げ場を失って地上に吹き出てしまったのであろう。地中のことでもあり知る由もないのだが、最近のボーリング技術の進歩で簡単に安く井戸がほれるようになった。地中の多分ダム湖状態のGuadiana川の水は無許可の3000本の井戸で吸い上げられ農業用水として使われるようになった。Castilla地方の海と讃えられた面影は無く無惨な姿を露呈している。しかし、なんとかしようという動きはあってその一例が近辺の町村から出る生活排水を利用しようと言うものだ。生活排水とはいえ汚水ではなく、飲料水としても使えるほど浄水されたものだそうだ。世界に類がない、自然の気まぐれが作った湖だ。その復元を強く望む所である。三週間ほど日本へ行っている。しばらく休みだ。
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映像からはなかなか伝わらないものがある。F-1レースのスピード感、エンジンオイルの焼ける臭いはテレビでは伝わらない。サッカーの試合での喧騒もそうだ。それと同じように旧市街地が持つ重厚な歴史も実際に歩かないと、感じ取れるものではない。確かに人間が持つ感覚の中で視覚が最も大切かもしれん。しかしそれだけじゃない。多くの先人たちが通り過ぎた街路。そこには結婚式が、葬式が、お祭りの行列が、幾多の喧騒があったはずだ。王侯貴族が通った。僧侶も通った。芸術家も、文学者も、酔っ払いも。娼婦も、オカマも、レズも、絶世の美女も、普通のオバンも皆通り過ぎた。彼ら、特異な人々の特異な、あるいは一般庶民の雰囲気が何百年に亘って街路に浸み込んでいるのだ。これこそ街のアイデンティティーなのだ。今のマドリッドの旧市街はハプスブルゲ家時代のものだ。カルロス5世が生まれるのが1500年、そして最後のスペイン、ハプスブルグ家のカルロス2世がなくなるのが1700年。実に覚えやすい。この期間を西洋史区分において中世と呼べるのかどうか疑問だが、中世後期と捉える人もいるようだし、近世あるいは近代と決めてしまうとロマンが薄れるような感があるので、この項は中世で通すことにする。Castizoと呼ばれる生粋のマドリッド人が多く住む旧市街地を散策してみようと思う。なおこの散策を実際に企画商品にしたのがある。実に斬新なアイデアであり、ガイドと一緒だと知らなかった世界が多く見れるものだ。しかも料金が安いのでお勧めだ。詳しくはwww.myushop.netのスペインをプットしてマドリッド旧市街探索で。

ジブラルタル。何ともロマンを感じさせる響きがある。世界史や映画にたびたび出てくることもあるし、私がスペインに来た頃は陸続きでありながらスペインから入ることは出来なかった。まだフランコ独裁の時代で、フランコは行き詰った内政の国民の目をそらすためジブラルタル返還を国民運動に仕立てあげてしまった。その結果、英国領ジブラルタルは対岸のモロッコか、ロンドンから航空機でしか入れない陸の孤島になってしまった。このなかなか行けないということが余計にロマンを感じさせたのかもしれない。有史以来常に争奪戦の舞台となったところだ。地中海を制するものは世界を制すると言われた。広大で穏やかな内海である地中海は最高の海路だ。その制海権を取るということは莫大な利益が保障された。古代ギリシャ、フェニキア、カルタゴ、古代ローマ、オスマントルコ、そしてそのオスマントルコをスペインを中心としたベネツア、ローマ教皇軍などの連合軍が1571年レパント沖海戦で破り、スペインも七つの海に君臨する黄金時代が現出する。しかしイギリスをつぶすために造られたスペインの無敵艦隊が逆に1588年、一連のアルマダ海戦に敗れてしまい、欧州の海上権はイギリスが独り占めしてしまう。その後本国の何十倍もの植民地を領有する大帝国になるのだから地中海の海上権掌握による経済効果の程は歴史が教えている。北アフリカの石油確保が命題であったナチス、ヒトラーも結局はジブラルタル海峡を輸送船団が自由に通れなかったことが敗因担った。最短距離で13kmしかない海峡をおさえた国は常に超強大国になった。有史前より各民族が血で血を争ったジブラルタルこそマイナーであるが真の意味で世界遺産ではないだろうか。
