
孫娘はクォーターになる。クォーターと言っても日本人の血は四分の一だ。これから変わるかもしれんが、今のところ日本人の血もはっきり残っている。親の、いや爺の欲目かもしれんが、赤ちゃんは日本人の方があどけなくて、それらしいい感じがする。スペインの子供達は本当に可愛いのが多いのだが赤ちゃんは別で、スペインの赤ちゃんは中には随分大人びたのもいて、オッサン顔とかオバン顔の赤ちゃんなんか見るとドキッとしてしまう。末は悪徳不動産かやり手ババーかというようなもの凄い形相の赤ちゃんを見ると恐ろしくなってくるのだ、三歳、四歳頃になると子供らしく変わるのが多い。以前住んでいた近所に子供が生まれたことがあって見に行ったことがあったのだが、生まれたばかりで前歯があるのだ。顔も完全にオッサン顔で玩具より鍬かスコップでも持っていた方が似合いそうなのだ。これは特別のケースだと思うが、一般的に欧米系の小さな子供たちは可愛い割には赤ちゃんはそうでもないように思える。男の子と女の子とどちらが好まれるか、これは圧倒的に女の子だ。日本も段々そうなっているようだが、大きくなって結婚して実家に寄り付くのは圧倒的に女の方の実家だ。昔は社会が農業基盤だったから一家の担い手と言うと男の子だった。老後の面倒を見てくれるというと自然、家業を次いだ男の子だった。特に日本の場合は女の子は結婚すると他家にやるという意識がある。実際、名字も変わる。スペインの場合、一生名字は変わらないのだ。日本でも親と同居するというのは段々少なくなっているがスペインは昔からだ。親が年老いて片方が亡くなりしかも体が不自由になった時に同居するケースがないこともないがそれも少なく、子と一緒に住むより老人ホームの方を好むようだ。経済的の問題もあるようだが、なるだけなら同居することによる家族内の摩擦を避けたいというのではないだろうか。
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母の危篤と孫娘の誕生が重なってしまった。結局、母の方の状態が安定して孫の誕生時にはスペインにいなかったのだが、やっと顔を見ることが出来た。よく世間で言われることであるが、孫というのはただただ可愛く感じられるものである。自然と自分の顔がほころんでしまうのが分かる。この十年来、いやもっとか、女房の病気とか実家のゴタゴタとかニューヨークテロ以来の観光の仕事の激減などで気の休まることがなかった。その中での待望の孫娘の誕生である。娘の妊娠初期は、女の子がいいとか、娘の似てればいいとか勝ってなことを言っていたが、生まれる直前になると五体満足であれば少々不細工でもいいかと妥協するようになった。娘も小人が生まれる夢を見たというから、生まれる直前というのは極度に心配するものだろう。しかしこういう心配というのはほとんど杞憂に終わるもんだ。最初の理想どうり娘の赤ちゃん時代と同じ子の誕生である。家の中が急にパッと明るくなった。スペインも少子化がひどかった。今は少しは上向きになって来たようだ。しかし生まれてくる子の三人に一人は移民の子だそうだ。スペインで生まれる限りスペイン国籍を取れるからアフリカ、中南米系の移民の子はスペイン国籍を取得する。中国系移民の場合は半々なようでスペイン国籍を取るのもいるようだが、日本人夫婦の子の場合まずスペイン国籍を取ることはない。これはただ単にプライドの問題でなく、将来どちらの国籍のほうが有利かによるのではないだろうか。アフリカから多くの不法移民がcayucoと言われるアフリカ独特の漁業用ボートで寿司詰め状態で100人近く、一週間以上掛けてやって来るのだが、多くの妊婦も含まれる。不法移民でも生まれた子はスペイン国籍を取れる。自分の子がスペイン人なら自分自身も滞在許可が取り易いから危険を顧みず冒険するのだと思うが、人ごととは言えむなしくなってくる。
日本からの帰りの便がうまく乗り継ぎが出来ず,ソウルに一泊するはめになった。ネットでインチョンのホテルを予約した。次の日が早いから空港に近い方がいいと思ったからだ。ところが空港と同じ名前のこのインチョンという地区が別にあったのだ。しかも空港からもソウルの中心からも結構遠いのだ。こんなことだったらソウルの中心地にホテルを取れば良かったと思ったが後の祭りだ。しかしホテルの近くに駅があった。昔、若い時に随分多くの国を旅したもんだが,私はいつも人が沢山集まる泥臭い所ばかり行ったもんだ。早速ソウル中央駅まで電車で行った。数えたら30も駅があり,一時間以上掛かった。2100won、180円ぐらいか。随分安いもんだ。そして駅の近くに南大門市場があった。極く一般の市民が利用する電車で、活気みなぎる南大門市場の喧噪を見れて、わたしの旅のポリシー通りになったからこれでいいかという気持ちだ。で、ソウルの印象だが,60年代から70年代の日本の活気を思い起こさせるものがあると思う。はっきり言って街は綺麗じゃない。歩道はデコボコが多いし,ゴミも落ちている。そしてなによりもあの生活の臭い。人間が生活している限り臭いがあるはずだが,今の日本や、30年以上前にスエーデン、デンマークで感じたことだが,街が綺麗すぎて,完璧すぎて,臭わないのである。あの市場のもの凄い喧噪に韓国のバイタリティーを見たような気がする。大国中国と隣り合わせだし、海を挟んで日本、常に侵略の危機状態にあった歴史、これが打たれ強い国民性を自ずと造ったのではないだろうか。