Archive for the 'スペイン紀行' Category

韓国

日本からの帰りの便がうまく乗り継ぎが出来ず,ソウルに一泊するはめになった。ネットでインチョンのホテルを予約した。次の日が早いから空港に近い方がいいと思ったからだ。ところが空港と同じ名前のこのインチョンという地区が別にあったのだ。しかも空港からもソウルの中心からも結構遠いのだ。こんなことだったらソウルの中心地にホテルを取れば良かったと思ったが後の祭りだ。しかしホテルの近くに駅があった。昔、若い時に随分多くの国を旅したもんだが,私はいつも人が沢山集まる泥臭い所ばかり行ったもんだ。早速ソウル中央駅まで電車で行った。数えたら30も駅があり,一時間以上掛かった。2100won、180円ぐらいか。随分安いもんだ。そして駅の近くに南大門市場があった。極く一般の市民が利用する電車で、活気みなぎる南大門市場の喧噪を見れて、わたしの旅のポリシー通りになったからこれでいいかという気持ちだ。で、ソウルの印象だが,60年代から70年代の日本の活気を思い起こさせるものがあると思う。はっきり言って街は綺麗じゃない。歩道はデコボコが多いし,ゴミも落ちている。そしてなによりもあの生活の臭い。人間が生活している限り臭いがあるはずだが,今の日本や、30年以上前にスエーデン、デンマークで感じたことだが,街が綺麗すぎて,完璧すぎて,臭わないのである。あの市場のもの凄い喧噪に韓国のバイタリティーを見たような気がする。大国中国と隣り合わせだし、海を挟んで日本、常に侵略の危機状態にあった歴史、これが打たれ強い国民性を自ずと造ったのではないだろうか。

日本の医療事情の一片を見る

母が危篤だという日本の家族からの電話で一ヶ月ほど帰国していた。長くて一週間という医者の予見だったが、徐々に安定して来て,医者も具体的にどの程度の期間生きれるのか言わなくなった。多くの患者を見ている看護婦は一年ほどは大丈夫だろうと言うので,そんな長く仕事もせずいるわけにいかず一旦スペインに帰って来た。状態が安定したといっても脳死状態、つまり植物人間だ。昔は,人間自力で歩けなくなったら一週間で他界すると言われた。また多くの老人が畳の上で死にたいと言ったもんだ。今回は生き地獄の老人達を無数に見た。正に阿鼻叫喚、老人虐待だ。何故、楽にして上げられないのだろうか。安楽死はスペインでも認められているわけではない。しかし助かる可能性が全くなく苦しんでる患者には家族の要請しだいでは死期を早める処置はやっている。実際に私の義母の最後はそうだった。ここに日本人とスペイン人の気質の差を見るような気がした。約束事に対して全て厳格な日本人やドイツ人から見るとスペイン人やイタリア人は実にいい加減なチャランポランに映る時もある。しかしそれもケースバイケースではないだろうか。規則は規則であり,病院は治療する所という大前提のもとに、塗炭の苦しみをなめる患者達を平静に見れる方が人間的でないような気がする。今回、多くの患者さん達を見て安楽死の必要性を感じた。しかし安楽死認定を法定化すると別の問題が発生するのかもしれないな。一つ感ずいたのは、その莫大な経費だ。介護保険一割自己負担が月に約17万円ほど掛かる。と言うことは保険が月に150万円ほど負担している計算になる。全国に何万の脳死患者がいるかしらんが、有に何兆あるいは何十兆の話になってしまう。安楽死を認めると倒産する病院も出てくるかもしれん。また医師や看護婦の失業者も出てくることになる。医療薬品会社の利益だって少なくなる。まあこれだけ巨額の金が動く分野となると、利権が絡んでくるだろうし、認めるか認めないかで社会構造の急激な変化を伴うことになるだろうから、この問題は法案化されることはないだろう。17万の病院代のほかにオシメ代6万というのが請求された。点滴に鼻からの流動食だから排出物もほとんどないのだが、一日に何度も換えるようだ。思うにこれは看護婦さんの余録になるようだ。

アンダルシア街道を行く27 Sevilla (セビージャ)


セビージャあるいは人によってはセビーヤと発音する人もいるが、間違ってもセビリアという人はいない。華やかな町である。美人の多いスペインでも最も多いのがアンダルシアだが,その中でもセビージャが最も多い。歴代のミススペインの三人に一人がアンダルシア出身だ。美人が多いと惚れた晴れたと色々と話題に事欠くことがない。これがブスだと何しようと話題にはならない。、過激な事を言うようだが、これは真実だ。セビージャを舞台にした読み物が多いのもそれを物語っている。カルメン、ドンフアン、セビージャの理髪師、その続編のフィガロの結婚など多くの人が知っている有名オペラの舞台となったのはセビージャなのだ。物語の主人公は美男美女に決まっている。ドンキホーテの物語は例外中の例外なのだ。17,18世紀のセビージャは前代未聞の栄光の時代だった。多くの成金者がでた。彼らが金にもの言わせ多くの美女を物色してセビージャに連れて来た。そしてこれは史実として残っているのだが、イスラム時代も王侯貴族が遠く北欧から美女を数多く連れて来ている。その子孫が多いわけだから美男美女が多いのは当然だ。また世界的に見ても同じことが言えるのだが、ベネズエラは世界のミス工場と言われ世界のミスコンテストで最も多く優勝している。しかしスペインに何万といる彼ら移民のなかに美女など見たことがないし、テレビのベネズエラの映像を見ても美女を見ることはない。大航海時代に多くの荒くれ男達が我先にと新大陸を目指した。一体何が彼らを危険な航海に駆り立てたのか。教科書には胡椒を求めて出帆して行ったと書いてある。当時非常に貴重な物には間違いないが、胡椒は所詮胡椒だ。精力有り余る荒くれ男達を危険極まりない帆船航海に駆り立てるには説得力がない。しかし落ちこぼれのギラギラした野郎共が女をともめて新大陸へ雪崩のように渡って行きましたとは教科書に書けない所が辛いわけで,彼ら脂ぎった野郎どもがギリシャ神話の美女だけ住む理想郷アマゾンの神話を信じて、奥地へさらに奥地へと探検して行くわけだが,なんとこの不謹慎な行為の目的地が地名や川の名前となったのがアマゾンだ。