
母の危篤と孫娘の誕生が重なってしまった。結局、母の方の状態が安定して孫の誕生時にはスペインにいなかったのだが、やっと顔を見ることが出来た。よく世間で言われることであるが、孫というのはただただ可愛く感じられるものである。自然と自分の顔がほころんでしまうのが分かる。この十年来、いやもっとか、女房の病気とか実家のゴタゴタとかニューヨークテロ以来の観光の仕事の激減などで気の休まることがなかった。その中での待望の孫娘の誕生である。娘の妊娠初期は、女の子がいいとか、娘の似てればいいとか勝ってなことを言っていたが、生まれる直前になると五体満足であれば少々不細工でもいいかと妥協するようになった。娘も小人が生まれる夢を見たというから、生まれる直前というのは極度に心配するものだろう。しかしこういう心配というのはほとんど杞憂に終わるもんだ。最初の理想どうり娘の赤ちゃん時代と同じ子の誕生である。家の中が急にパッと明るくなった。スペインも少子化がひどかった。今は少しは上向きになって来たようだ。しかし生まれてくる子の三人に一人は移民の子だそうだ。スペインで生まれる限りスペイン国籍を取れるからアフリカ、中南米系の移民の子はスペイン国籍を取得する。中国系移民の場合は半々なようでスペイン国籍を取るのもいるようだが、日本人夫婦の子の場合まずスペイン国籍を取ることはない。これはただ単にプライドの問題でなく、将来どちらの国籍のほうが有利かによるのではないだろうか。アフリカから多くの不法移民がcayucoと言われるアフリカ独特の漁業用ボートで寿司詰め状態で100人近く、一週間以上掛けてやって来るのだが、多くの妊婦も含まれる。不法移民でも生まれた子はスペイン国籍を取れる。自分の子がスペイン人なら自分自身も滞在許可が取り易いから危険を顧みず冒険するのだと思うが、人ごととは言えむなしくなってくる。
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日本からの帰りの便がうまく乗り継ぎが出来ず,ソウルに一泊するはめになった。ネットでインチョンのホテルを予約した。次の日が早いから空港に近い方がいいと思ったからだ。ところが空港と同じ名前のこのインチョンという地区が別にあったのだ。しかも空港からもソウルの中心からも結構遠いのだ。こんなことだったらソウルの中心地にホテルを取れば良かったと思ったが後の祭りだ。しかしホテルの近くに駅があった。昔、若い時に随分多くの国を旅したもんだが,私はいつも人が沢山集まる泥臭い所ばかり行ったもんだ。早速ソウル中央駅まで電車で行った。数えたら30も駅があり,一時間以上掛かった。2100won、180円ぐらいか。随分安いもんだ。そして駅の近くに南大門市場があった。極く一般の市民が利用する電車で、活気みなぎる南大門市場の喧噪を見れて、わたしの旅のポリシー通りになったからこれでいいかという気持ちだ。で、ソウルの印象だが,60年代から70年代の日本の活気を思い起こさせるものがあると思う。はっきり言って街は綺麗じゃない。歩道はデコボコが多いし,ゴミも落ちている。そしてなによりもあの生活の臭い。人間が生活している限り臭いがあるはずだが,今の日本や、30年以上前にスエーデン、デンマークで感じたことだが,街が綺麗すぎて,完璧すぎて,臭わないのである。あの市場のもの凄い喧噪に韓国のバイタリティーを見たような気がする。大国中国と隣り合わせだし、海を挟んで日本、常に侵略の危機状態にあった歴史、これが打たれ強い国民性を自ずと造ったのではないだろうか。
母が危篤だという日本の家族からの電話で一ヶ月ほど帰国していた。長くて一週間という医者の予見だったが、徐々に安定して来て,医者も具体的にどの程度の期間生きれるのか言わなくなった。多くの患者を見ている看護婦は一年ほどは大丈夫だろうと言うので,そんな長く仕事もせずいるわけにいかず一旦スペインに帰って来た。状態が安定したといっても脳死状態、つまり植物人間だ。昔は,人間自力で歩けなくなったら一週間で他界すると言われた。また多くの老人が畳の上で死にたいと言ったもんだ。今回は生き地獄の老人達を無数に見た。正に阿鼻叫喚、老人虐待だ。何故、楽にして上げられないのだろうか。安楽死はスペインでも認められているわけではない。しかし助かる可能性が全くなく苦しんでる患者には家族の要請しだいでは死期を早める処置はやっている。実際に私の義母の最後はそうだった。ここに日本人とスペイン人の気質の差を見るような気がした。約束事に対して全て厳格な日本人やドイツ人から見るとスペイン人やイタリア人は実にいい加減なチャランポランに映る時もある。しかしそれもケースバイケースではないだろうか。規則は規則であり,病院は治療する所という大前提のもとに、塗炭の苦しみをなめる患者達を平静に見れる方が人間的でないような気がする。今回、多くの患者さん達を見て安楽死の必要性を感じた。しかし安楽死認定を法定化すると別の問題が発生するのかもしれないな。一つ感ずいたのは、その莫大な経費だ。介護保険一割自己負担が月に約17万円ほど掛かる。と言うことは保険が月に150万円ほど負担している計算になる。全国に何万の脳死患者がいるかしらんが、有に何兆あるいは何十兆の話になってしまう。安楽死を認めると倒産する病院も出てくるかもしれん。また医師や看護婦の失業者も出てくることになる。医療薬品会社の利益だって少なくなる。まあこれだけ巨額の金が動く分野となると、利権が絡んでくるだろうし、認めるか認めないかで社会構造の急激な変化を伴うことになるだろうから、この問題は法案化されることはないだろう。17万の病院代のほかにオシメ代6万というのが請求された。点滴に鼻からの流動食だから排出物もほとんどないのだが、一日に何度も換えるようだ。思うにこれは看護婦さんの余録になるようだ。