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	<description>スペイン、並びにスペイン人の生活、風習、習慣を暖かい目で見ました。</description>
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		<title>孫２（赤ちゃん）</title>
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		<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 09:55:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[
孫娘はクォーターになる。クォーターと言っても日本人の血は四分の一だ。これから変わるかもしれんが、今のところ日本人の血もはっきり残っている。親の、いや爺の欲目かもしれんが、赤ちゃんは日本人の方があどけなくて、それらしいい感じがする。スペインの子供達は本当に可愛いのが多いのだが赤ちゃんは別で、スペインの赤ちゃんは中には随分大人びたのもいて、オッサン顔とかオバン顔の赤ちゃんなんか見るとドキッとしてしまう。末は悪徳不動産かやり手ババーかというようなもの凄い形相の赤ちゃんを見ると恐ろしくなってくるのだ、三歳、四歳頃になると子供らしく変わるのが多い。以前住んでいた近所に子供が生まれたことがあって見に行ったことがあったのだが、生まれたばかりで前歯があるのだ。顔も完全にオッサン顔で玩具より鍬かスコップでも持っていた方が似合いそうなのだ。これは特別のケースだと思うが、一般的に欧米系の小さな子供たちは可愛い割には赤ちゃんはそうでもないように思える。男の子と女の子とどちらが好まれるか、これは圧倒的に女の子だ。日本も段々そうなっているようだが、大きくなって結婚して実家に寄り付くのは圧倒的に女の方の実家だ。昔は社会が農業基盤だったから一家の担い手と言うと男の子だった。老後の面倒を見てくれるというと自然、家業を次いだ男の子だった。特に日本の場合は女の子は結婚すると他家にやるという意識がある。実際、名字も変わる。スペインの場合、一生名字は変わらないのだ。日本でも親と同居するというのは段々少なくなっているがスペインは昔からだ。親が年老いて片方が亡くなりしかも体が不自由になった時に同居するケースがないこともないがそれも少なく、子と一緒に住むより老人ホームの方を好むようだ。経済的の問題もあるようだが、なるだけなら同居することによる家族内の摩擦を避けたいというのではないだろうか。
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		<title>孫</title>
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		<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 13:04:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[
母の危篤と孫娘の誕生が重なってしまった。結局、母の方の状態が安定して孫の誕生時にはスペインにいなかったのだが、やっと顔を見ることが出来た。よく世間で言われることであるが、孫というのはただただ可愛く感じられるものである。自然と自分の顔がほころんでしまうのが分かる。この十年来、いやもっとか、女房の病気とか実家のゴタゴタとかニューヨークテロ以来の観光の仕事の激減などで気の休まることがなかった。その中での待望の孫娘の誕生である。娘の妊娠初期は、女の子がいいとか、娘の似てればいいとか勝ってなことを言っていたが、生まれる直前になると五体満足であれば少々不細工でもいいかと妥協するようになった。娘も小人が生まれる夢を見たというから、生まれる直前というのは極度に心配するものだろう。しかしこういう心配というのはほとんど杞憂に終わるもんだ。最初の理想どうり娘の赤ちゃん時代と同じ子の誕生である。家の中が急にパッと明るくなった。スペインも少子化がひどかった。今は少しは上向きになって来たようだ。しかし生まれてくる子の三人に一人は移民の子だそうだ。スペインで生まれる限りスペイン国籍を取れるからアフリカ、中南米系の移民の子はスペイン国籍を取得する。中国系移民の場合は半々なようでスペイン国籍を取るのもいるようだが、日本人夫婦の子の場合まずスペイン国籍を取ることはない。これはただ単にプライドの問題でなく、将来どちらの国籍のほうが有利かによるのではないだろうか。アフリカから多くの不法移民がcayucoと言われるアフリカ独特の漁業用ボートで寿司詰め状態で１００人近く、一週間以上掛けてやって来るのだが、多くの妊婦も含まれる。不法移民でも生まれた子はスペイン国籍を取れる。自分の子がスペイン人なら自分自身も滞在許可が取り易いから危険を顧みず冒険するのだと思うが、人ごととは言えむなしくなってくる。
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		<title>韓国</title>
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		<pubDate>Sun, 07 Mar 2010 08:13:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[日本からの帰りの便がうまく乗り継ぎが出来ず，ソウルに一泊するはめになった。ネットでインチョンのホテルを予約した。次の日が早いから空港に近い方がいいと思ったからだ。ところが空港と同じ名前のこのインチョンという地区が別にあったのだ。しかも空港からもソウルの中心からも結構遠いのだ。こんなことだったらソウルの中心地にホテルを取れば良かったと思ったが後の祭りだ。しかしホテルの近くに駅があった。昔、若い時に随分多くの国を旅したもんだが，私はいつも人が沢山集まる泥臭い所ばかり行ったもんだ。早速ソウル中央駅まで電車で行った。数えたら３０も駅があり，一時間以上掛かった。２１００won、１８０円ぐらいか。随分安いもんだ。そして駅の近くに南大門市場があった。極く一般の市民が利用する電車で、活気みなぎる南大門市場の喧噪を見れて、わたしの旅のポリシー通りになったからこれでいいかという気持ちだ。で、ソウルの印象だが，６０年代から７０年代の日本の活気を思い起こさせるものがあると思う。はっきり言って街は綺麗じゃない。歩道はデコボコが多いし，ゴミも落ちている。そしてなによりもあの生活の臭い。人間が生活している限り臭いがあるはずだが，今の日本や、３０年以上前にスエーデン、デンマークで感じたことだが，街が綺麗すぎて，完璧すぎて，臭わないのである。あの市場のもの凄い喧噪に韓国のバイタリティーを見たような気がする。大国中国と隣り合わせだし、海を挟んで日本、常に侵略の危機状態にあった歴史、これが打たれ強い国民性を自ずと造ったのではないだろうか。
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		<title>日本の医療事情の一片を見る</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 04:57:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[母が危篤だという日本の家族からの電話で一ヶ月ほど帰国していた。長くて一週間という医者の予見だったが、徐々に安定して来て，医者も具体的にどの程度の期間生きれるのか言わなくなった。多くの患者を見ている看護婦は一年ほどは大丈夫だろうと言うので，そんな長く仕事もせずいるわけにいかず一旦スペインに帰って来た。状態が安定したといっても脳死状態、つまり植物人間だ。昔は，人間自力で歩けなくなったら一週間で他界すると言われた。また多くの老人が畳の上で死にたいと言ったもんだ。今回は生き地獄の老人達を無数に見た。正に阿鼻叫喚、老人虐待だ。何故、楽にして上げられないのだろうか。安楽死はスペインでも認められているわけではない。しかし助かる可能性が全くなく苦しんでる患者には家族の要請しだいでは死期を早める処置はやっている。実際に私の義母の最後はそうだった。ここに日本人とスペイン人の気質の差を見るような気がした。約束事に対して全て厳格な日本人やドイツ人から見るとスペイン人やイタリア人は実にいい加減なチャランポランに映る時もある。しかしそれもケースバイケースではないだろうか。規則は規則であり，病院は治療する所という大前提のもとに、塗炭の苦しみをなめる患者達を平静に見れる方が人間的でないような気がする。今回、多くの患者さん達を見て安楽死の必要性を感じた。しかし安楽死認定を法定化すると別の問題が発生するのかもしれないな。一つ感ずいたのは、その莫大な経費だ。介護保険一割自己負担が月に約１７万円ほど掛かる。と言うことは保険が月に１５０万円ほど負担している計算になる。全国に何万の脳死患者がいるかしらんが、有に何兆あるいは何十兆の話になってしまう。安楽死を認めると倒産する病院も出てくるかもしれん。また医師や看護婦の失業者も出てくることになる。医療薬品会社の利益だって少なくなる。まあこれだけ巨額の金が動く分野となると、利権が絡んでくるだろうし、認めるか認めないかで社会構造の急激な変化を伴うことになるだろうから、この問題は法案化されることはないだろう。１７万の病院代のほかにオシメ代６万というのが請求された。点滴に鼻からの流動食だから排出物もほとんどないのだが、一日に何度も換えるようだ。思うにこれは看護婦さんの余録になるようだ。
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		<title>アンダルシア街道を行く２７ Sevilla (セビージャ）</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Jan 2010 06:24:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[
セビージャあるいは人によってはセビーヤと発音する人もいるが、間違ってもセビリアという人はいない。華やかな町である。美人の多いスペインでも最も多いのがアンダルシアだが，その中でもセビージャが最も多い。歴代のミススペインの三人に一人がアンダルシア出身だ。美人が多いと惚れた晴れたと色々と話題に事欠くことがない。これがブスだと何しようと話題にはならない。、過激な事を言うようだが、これは真実だ。セビージャを舞台にした読み物が多いのもそれを物語っている。カルメン、ドンフアン、セビージャの理髪師、その続編のフィガロの結婚など多くの人が知っている有名オペラの舞台となったのはセビージャなのだ。物語の主人公は美男美女に決まっている。ドンキホーテの物語は例外中の例外なのだ。17,18世紀のセビージャは前代未聞の栄光の時代だった。多くの成金者がでた。彼らが金にもの言わせ多くの美女を物色してセビージャに連れて来た。そしてこれは史実として残っているのだが、イスラム時代も王侯貴族が遠く北欧から美女を数多く連れて来ている。その子孫が多いわけだから美男美女が多いのは当然だ。また世界的に見ても同じことが言えるのだが、ベネズエラは世界のミス工場と言われ世界のミスコンテストで最も多く優勝している。しかしスペインに何万といる彼ら移民のなかに美女など見たことがないし、テレビのベネズエラの映像を見ても美女を見ることはない。大航海時代に多くの荒くれ男達が我先にと新大陸を目指した。一体何が彼らを危険な航海に駆り立てたのか。教科書には胡椒を求めて出帆して行ったと書いてある。当時非常に貴重な物には間違いないが、胡椒は所詮胡椒だ。精力有り余る荒くれ男達を危険極まりない帆船航海に駆り立てるには説得力がない。しかし落ちこぼれのギラギラした野郎共が女をともめて新大陸へ雪崩のように渡って行きましたとは教科書に書けない所が辛いわけで，彼ら脂ぎった野郎どもがギリシャ神話の美女だけ住む理想郷アマゾンの神話を信じて、奥地へさらに奥地へと探検して行くわけだが，なんとこの不謹慎な行為の目的地が地名や川の名前となったのがアマゾンだ。
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		<title>アンダルシア街道を行く　26　Carmona(カルモーナ）</title>
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		<pubDate>Sat, 23 Jan 2010 21:15:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[
余り観光案内書なんかには派手には出てないがなかなか見応えのある町だ。マドリッドから５０８km、セビージャから３３km。セビージャから近すぎるのかもしれないな。有名美術館の近くの小さな美術館みたいなもので，それなりにいいとこがあるのだが観光客が少ない。まあ、その少ないという所がまたいいのかもしれん。コルドバ方面から来ると広大な沃野の中に小高い丘が出現する。防衛の面からして優れていたし，グアダルキビル川の沃野（Las vegas アメリカのラスベガスもスペイン語である）は豊穰の地であり、経済的にも潤ったから古代より多くの民族が渡来し，住みつき，去って行った。またローマ時代はVia augusto(ピレネーから カディスまで１５００kmに及ぶ主要幹線道路）の要所でもあった。そのローマ時代のNecropolisと呼ばれるお墓がある。お墓といっても地上の場合は風化されて跡形もなくなってしまうのだが、ここのは貴族のものであろう、豪勢な地下古墳で土に埋もれていた。ローマ時代の古墳ではスペイン最大だそうだ。隣にローマの円形闘技場のあともあるが、ほとんど形を残してない。のちの民族が建材として持ち去って行ったようだ。旧市街にはローマ時代からの城壁と正門がある。城壁は余り残ってないが門の、特にセビージャ門と呼ばれる正門は立派だ。特にイスラム時代に大幅に改築したので、様式も完全なイスラムだ。またこの地はペドロ残忍王（正義王とも言う、このことは後述したいと思う）が敵対する義兄のエンリケを迎え撃つため町をさらに要塞化したことでも有名だ。旧市街のほぼ頂上にAlcazar de don pedro（ドンペドロ宮殿）というイスラム風にお城を造った。この人は異常にイスラム建築が好きだったようだ。いまは国営のホテルであるパラドールになっている。昔のお城や貴族の館、修道院などを改築したのが多いパラドールは何処も素晴らしいが、とくにこのパラドールは雰囲気がある。
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		<title>アンダルシア街道を行く２５　　Ecija(エスィハ）</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 08:31:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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		<description><![CDATA[
コルドバから５８kmエスィハの町だ．Sarten de Andalcia アンダルシアのフライパンと別名というを持つ、毎年夏はスペインの最高温度を記録する所だ．1959年７月９日に陰の温度で４９度を記録している。重複するかもしれないがくどく言いたい。スペインは光と陰の国だ。全てが極端なところだ。日に当たる所と陰の部分の差は凄い．暑い時でも陰に入れば気持ちいい．日本の夏の四方八方から蒸気を吹き付けられたようなベトベト、ジトジト感はない。光の部分と陰の部分の温度差は１０度以上あるだろう。だからスペインでの陰での４９度は不快度からすると日本では６０度位だと思う．車のボンネットで卵焼きが一瞬にして出来る。飛んでいる鳥が焼き鳥になって落ちてくると聞いたことがあるけど，これは誇張だろうな。でも足を火傷する可能性は充分あるような気はする。Ciudad de torres (塔の町）とも呼ばれていて遠くから見ると教会の塔がやたらと多い。この町の人は信心深いのだろうな。その教会の鐘打ち塔にはよくコウノトリが巣を造っている。渡り鳥なのだが、最近は渡らなくなったのもいるという。横着になったのか，渡るのを忘れるのか，多分地球温暖化を微妙に感じているのかもしれん。このコウノトリとか鳩の糞尿は建物に良くないらしく雨漏りの原因になっているという。平和の象徴だが、しかたなく鳩の大量処分している所もある。この町は教会が多すぎる。維持するのも大変であろう。Genil川の流域で高温度地ということで、水と肥料を大量に必要とする綿畑があったが、やたら労力が必要で、労賃の問題で発展途上国に勝てず転作されてしまった。古代ローマ時代の特にアウグスト時代は栄えていたようだ。この町の何処を掘ってもローマの遺跡がザクザクと出てそうだ。しかしローマの後に侵略するゲルマン民族によって徹底的に略奪されているので金銀財宝の価値あるものはない。Ecijaの前後の町４３０kmのLa carlotaそして４７２kmのLuisianaはカルロス３世の開墾政策によって生まれた新しい村だ。北ヨーロッパからの移民を募ってきただけに、言われてみると住民は金髪碧眼が多いような気もする。
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		<title>アンダルシア街道を行く２４　Cordoba6(コルドバ６）</title>
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		<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 08:16:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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キリスト教もイスラムもユダヤ教から分かれたものだ．昔から骨肉相食むと言う．血族どうしの争いの方が醜いものだ．特にイスラムは後進だけに既存宗教の矛盾点を批判し易かった．イスラムはユダヤ教同様に，いやそれ以上に排他的なのだ。そして共にエルサレムが聖地なのだから、彼らの紛争は終わることはないだろう。中南米からの個人の旅行者が集まってマドリッドからのヨーロッパ一周ツアーがある．まあハトバスの規模を大きくしたようなもんだでスペイン人の公式ガイドがエスコートするわけだが、中にユダヤ人が混じっているとがっかりするという。（アルゼンチンは世界で七番目にユダヤが多い）ともかく統制がとれなくなるそうだ。前述のように自負心が異常に強いから、他人に厳しく自分に優しいのが多い．ガイドにまで色々と指図をする．ガイドも相手は一応お客さんだから余り強いことは言えない。そうすると助長する。それが高じると今度は他の客の不満噴出となる。バスのなかは険悪状態で楽しいはずの旅行はもうケンケンガクガクの憎しみの渦となってしまうそうだ。一度などはブラジル人の何人かが途中で降りて，『ヒットラーは間違ってなかった』と捨て台詞を残して旅行を破棄したそうだ。天の邪鬼というのか必ず一言ケチをつける、素直さがないのが多いと言っていた。私は直接ユダヤ人と知り合ったことがないので体験はない。DNA鑑定によると改宗ユダヤ人の子孫は２０％にも上るという。特にAsturias地方は全住民の３５％でイベロ人の子孫より多いという。コルドバが栄えた時代のユダヤ人でイスラエルの紙幣のモデルにもなっているのがマイモニデスだ。哲学者で医学、天文学、神学にも長けていたスーパーマンで名医でもあったようでイスラムの王侯貴族まで彼を頼ったと言われている．最終的にはイスラムへの改宗を迫られて、各地を放浪しエジプトのカイロで客死する．彼の最大の功労は膨大なユダヤ法を体系化し法典化したてんにあるという。分かったようでさっぱり分からなくて，分かろうともしないか。
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		<title>アンダルシア街道を行く２３　コルドバ５（cordoba５)</title>
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		<pubDate>Wed, 20 Jan 2010 10:01:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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callejon de flores 花の小径と訳されたこの袋小路は，背景にモスク時代の塔ミナレット（今はキリスト教の尖塔）があって、白い壁にジェラニュームの鉢植えが飾ってあり、そのお見事な色との対比など絶好のアングルだ．人二人がやっと入れる狭い通り，小さな広場、エキゾチックだ。これで人がいなかったら”哀愁のコルドバ”なんだが絶好のポイントだけにいつも人で溢れている。ここは昔のユダヤ人街だ。スペインの歴史を語るとき１４９２年が最もよく出てくる．アルハンブラの陥落、コロンブスの新大陸発見、イスラム教徒の追放と世の中を揺るがす事件が次々と起った。イスラムと共に追放されたのがユダヤ教徒だった。ここは敢えてユダヤ教徒と言わねばならない。つまり改宗するユダヤ人は残れたのだ。しかし改宗するといっても自己申告だから本当に改宗したかを調べる異端審問所という悪名たかき機関が設けられ、日本の踏み絵みたいなものだが拷問が行われた。改宗を拒んだユダヤ人は今のトルコ、ブルガリア、ギリシャ、一部はモロッコに移り住み今でも当時のスペイン語をしゃべっているという。ただイスラエル建国のときに多くはイスラエルに移住した．特にモロッコにはほとんど残ってない．ユダヤ人は何故嫌われるのか．この疑問は多くの人が持つし、私もそうだ。スペインにユダヤ人がいないので（今は宗教の自由が保障されたので全国に１２００人ほどユダヤ教徒がいるらしい）知り合いがいない。しかし聞いた話をまとめると，選民意識が強すぎて妥協することがないという。つまり自分は神に選ばれた優れた人間と思っているから、その裏返しで他人を馬鹿にする。ユダヤは常に迫害されてきたから、常に緊張していた。人間は有事の時ほど能力を発揮する．だからユダヤ人には各分野で優れた人物が出た。この事実が彼らの自愛心に輪をかけることになる。また常に迫害されていたから持って逃げることが出来る金や宝石の執心したのは当然だ．今でもこの金融投機市場は彼らの独壇場だ。吝嗇家で自負心が強かったら嫌われるだろうな。
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		<title>アンダルシア街道を行く２２　Cordoba4 コルドバ４</title>
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		<pubDate>Tue, 19 Jan 2010 07:03:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nori</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[スペイン紀行]]></category>

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さてメスキータであるが，（その建立経過については世に五万と出ている案内書に載っているから，そちらに任せよう．だいたいあの手の案内書は苦手だ．面白くないのだ．やたらと馴染みのないカタカナの固有名詞や何とか様式とか細かい年代出てきてうんざりしてしまう．そういうのは最小限にしてもらいたいものだ。だからここでも最小限にしよう。）８世紀の中頃にそれまであったサンビセンテ教会をイスラム側が正式に購入し，モスクとして使うようになった。しかしコルドバの市が大きくなるに従って拡張していくのだが，その中でも中心なのが第二拡張部分で１０世紀のアルハキム２世の時代だ。前述したように当時世界最大の文化都市だったといわれている。遠くフランスから貴婦人が衣服の発注をコルドバにしたという記録があるいうから物質面でも非常に豊かな町だったと言える。メスキータの内部でもこの部分は特に豪華絢爛だ．円柱も太く装飾もより緻密で当時いかにコルドバが栄えていたかを物語っている．経済力が一番だがそれだけじゃない．建築工法や装飾技術など非常に進んでないと出来ないのだ。メスキータの最も神聖な部分であるメッカの方向に向けて造られたミヒラブの豪華さは半端じゃない．ビザンチン帝国からも工人と素材を運ばせたというから、どれだけ豊かだったか伺える。しかしこのミヒラブだが実はメッカに方向に造られていない。元々キリスト教の教会だったものを拡張して行った結果と見る説がある。しかしメッカの方向と憎きアッバース朝のバグダットではコルドバからだと方向は左程変わらない。メッカと共にバグダットにも頭を下げる形になってしまうではないか．足もケツも向けたいアッバースのバグダットに頭だけは向けたくなかったに違いない。わたしは多分こちらの方があたっていると思う．当時の財力を持ってすればメスキータの方向を変えるのは難しくなかったと思うし，第一次拡張はアブデルラーマン２世の許可のもと行われている．ということは意図的なものを感じられる。アンテナ３というスペインのテレビ局が市民が選ぶスペインの宝という題のアンケートをやった結果一位はメスキータだった。何となく微笑ましい写真だ．似合っている。もっとも美男美女というのは余り背景には関係なく似合う。
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